きれいな眼。

2016-08-08 10.42.35 のコピー

少しずつ何かを失っていくこと。
この仕事だからこそ直面すること。

狭い送迎車の中の長い道中、昨日を生きた記憶が抜け落ちていってうんうんと唸るお父さんを横に、何度となく同じ問いに応える。
ここ最近苦しんで見える彼やご家族にとって、何かできればと思えば思うほど、丁寧に、ひとつずつの声に返事をするくらいしかできないと感じる。

ふいに、助手席に座るお父さんが静かになったのでお顔を見ると、大きな目でわたしをじっと見ていて。
その眼の透明で深くてきれいなこと。
積年のあれやこれやがなくなると、人はこんなにきれいな目ができるのかと、不謹慎なのかもしれないけれど見惚れてしまいました。

同時に、ご家族に会ったときの安心しきった表情や、以前から変わらず飛ばされる冗談や、「そうじゃそうじゃ」と彼の中で何か大事なことを心止めている風に、確かにこれまでのお父さんを感じてとってもホッとする。

これまでと、今と、これからと。
全部、まごうことなきその方自身。
すべてこぼれ落とすことなく受け止めたいなと、長い帰り道を一緒にするたび思うわたしでした。

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