神様になったじいちゃん

2015-12-21 13.23.16 のコピー

 

2016-03-25 15.49.04 のコピー

 

どうしたって流れていく日々の中、どうしたって避けられないお別れもあります。
「もう会えなくなる」っていう事実は単純に悲しいし寂しい。
けれど、全身使って生ききった方とのお別れって、さめざめした悲観的なものよりも、「美しい」とか「感嘆」だとか、そんな言葉が似合うなあと思います。

「このじいちゃんは、亡くなったらきっと神様になるんだろうなあ」と一緒にいるころから思っていた方がいる。
一緒に過ごしたのは人生のうちのわずかな時間に過ぎないのだけど、生き方や魂や瞳が、透き通っていて美しい人でした。
だからか不思議とアカゴとも相性が良くて、隣で昼寝をしたり、じいちゃんがコーヒーを飲む間杖で遊んだりと、よく一緒にいさせて頂いた。
生まれた時代が違う二人が仲睦まじく穏やかに過ごす時間が、奇跡のようにも当たり前のようにも感じて不思議だった。
昨年末、初めてアカゴに「お別れ」を教えてくれたのもじいちゃんでした。

アカゴが大きくなったら、聞かせたい人の話で玄玄はいっぱい。
そしてじいちゃんは今日も玄玄の神棚にいます。

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