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あなたが呼んでくれた名前が、あなたにとってのわたし。

2017年1月31日

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皆さんそれぞれから、色んな呼ばれ方をします。
呼ばれる名前ひとつ。
だけど、その方たちとのそれぞれさまざまな関係が見えるようで、ちょっとうれしい。

目の前の人にとって、わたしはなんになれてるんだろうかなあ。
もちろん普通に名前覚えてもらうのもうれしい。笑

わたしでした。

あけました!

2017年1月6日

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あけましておめでとうございます!
お正月気分も少しずつ抜けてきて、玄玄も平常営業中。
どうぞ今年もよろしくお願いします。

新年早々、皆さんで何やら作っております。
皆さんの働き者の手を見ているのが大好きです。

そして、
「点」が「奌」!!
そういう書き方もあったのか、とまたひとつ勉強。

それぞれのおうちのお正月の話を聞くのが楽しくてたまらないわたしでした。

かんごふさん

2016年12月27日

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毛糸あみあみ。
この時期はついつい熱が入りますが、お陰で重度の肩こりになります、わたしです。

先日、すごく久しぶりに10年ほど前の教科書を眺める機会がありました。
日々お年寄りと過ごすのに肩書きや資格なんて意識しませんから改めて自分で言うのも不思議なんですが、わたしは「かんごふさん」です。
ハタチ前後の頃、今現在の生業としている「お年寄りとの関わり」を「看護」の観点で勉強していました。

現場にて、生(なま)の出来事、生の感触にぼちぼちたくさん触れてからその頃の教科書を振り返って見ると、「ああ。そうだったなあ…」という他に、大きな大きな違和感を感じることもたくさんありました。

大きく思うことは、看護ってやっぱり問題解決思考型。
「問題を見つけていく=出来ないことにフォーカスしていく」ことがはじめの一歩。
(学生時代にこの思考は徹底的に刷り込まれます。笑)
これを今の日々に持ち込んでしまったらすっっっごく退屈だなと思います。
当たり前の衰えや機能低下を「できないできない…」って悲観するのはもったいないよなあ。。。

もちろん、現場が違えば必要とする観点は異なってくるとは思うので、教科書に載っているような老人看護学をどうこういうつもりはないのですが、

「こんなことが一緒にできた」
「あんなことでいっぱい笑えた」

ざっくりといえば、そんな自分なりの看護観を持てたらなと思っています。
(共感して下さる方、ただいま職員募集しておりますよ。)

P.S
年末になれば、超急性期病棟に勤めていた頃の友人たちと会う機会が毎年あるのですが、今もバリバリ病棟勤めの友人の「意識ない患者さんしかよう関われんわー!」という言葉が忘れられず震えています。。。
「かんごふさん」ってほんと色々、わたしでした。

神様になったじいちゃん

2016年8月20日

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どうしたって流れていく日々の中、どうしたって避けられないお別れもあります。
「もう会えなくなる」っていう事実は単純に悲しいし寂しい。
けれど、全身使って生ききった方とのお別れって、さめざめした悲観的なものよりも、「美しい」とか「感嘆」だとか、そんな言葉が似合うなあと思います。

「このじいちゃんは、亡くなったらきっと神様になるんだろうなあ」と一緒にいるころから思っていた方がいる。
一緒に過ごしたのは人生のうちのわずかな時間に過ぎないのだけど、生き方や魂や瞳が、透き通っていて美しい人でした。
だからか不思議とアカゴとも相性が良くて、隣で昼寝をしたり、じいちゃんがコーヒーを飲む間杖で遊んだりと、よく一緒にいさせて頂いた。
生まれた時代が違う二人が仲睦まじく穏やかに過ごす時間が、奇跡のようにも当たり前のようにも感じて不思議だった。
昨年末、初めてアカゴに「お別れ」を教えてくれたのもじいちゃんでした。

アカゴが大きくなったら、聞かせたい人の話で玄玄はいっぱい。
そしてじいちゃんは今日も玄玄の神棚にいます。

きれいな眼。

2016年8月12日

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少しずつ何かを失っていくこと。
この仕事だからこそ直面すること。

狭い送迎車の中の長い道中、昨日を生きた記憶が抜け落ちていってうんうんと唸るお父さんを横に、何度となく同じ問いに応える。
ここ最近苦しんで見える彼やご家族にとって、何かできればと思えば思うほど、丁寧に、ひとつずつの声に返事をするくらいしかできないと感じる。

ふいに、助手席に座るお父さんが静かになったのでお顔を見ると、大きな目でわたしをじっと見ていて。
その眼の透明で深くてきれいなこと。
積年のあれやこれやがなくなると、人はこんなにきれいな目ができるのかと、不謹慎なのかもしれないけれど見惚れてしまいました。

同時に、ご家族に会ったときの安心しきった表情や、以前から変わらず飛ばされる冗談や、「そうじゃそうじゃ」と彼の中で何か大事なことを心止めている風に、確かにこれまでのお父さんを感じてとってもホッとする。

これまでと、今と、これからと。
全部、まごうことなきその方自身。
すべてこぼれ落とすことなく受け止めたいなと、長い帰り道を一緒にするたび思うわたしでした。

心に残る絵。

2016年7月22日

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よく皆さんとものづくりをすることは多いのだけれど、少し前に、描いたもので、「これは好きだなあ」という絵。
心に残る絵。

色んな方がやってくる玄玄ですが、いつも思うのは、皆さん表現者だなあということ。

こうやって形として何かを残すことであれ、
どんな形であれ、
どんな状態であれ、
どうやったってなんだって、いつまでもご自身を表現し続けているなあと思います。
その表現に、お付き合いできることがとっても楽しくてとっても光栄。

まさに、生き様と向き合う愛おしい日々です。

ぼやき。

2016年4月26日

ういいい

オバマさんが来るとかで、各所が賑わっている裏での、利用者さんのぼやき。

「平和学習」とか
「未来への教訓」とか
綺麗な言葉では払拭できないような、苛烈過ぎる現実だったんだなあと、その遠くて冷めた目を見て思う。

直球勝負のおめでとう。

2016年4月19日

 

 

 

こんにちは。
アカゴは待機児童問題を乗り越え保育所に通うようになったわたしです。

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とはいうものの、↑のように非常勤として活躍していますので、今後ともよろしくお願いいたします。
この日はご覧通り、お誕生日会要員として出勤して貰いました!
玄玄のお誕生日会といえば、その方が一番輝けるような何かを考えるのが恒例です。
その結果、思ってもみなかった引き出しを開けられたりするので、考える時間もとっても楽しい…。

今回は、核弾頭的に皆さんを笑顔にしてしまうアカゴを通じて「おめでとう」を伝えました。
中には、お年を召して、年を重ねる緩やかな衰えの中で、わかりやすく「何かを遂げて達成感!」に繋がりにくい方々もおられます。
そんな方にも、どんな方にも、喜んで貰える日であって欲しいなあと、アカゴ投入です。

あいにくアカゴはお誕生日会の時間がおねむで多少のぐずぐずでしたが、その他の時間、一日中、主役さんとニコニコイチャイチャしていたのでよしです。

 

 

「誰かにとっての宝物を作ることができるなんて、人生の中でそうそう無いよ。」

2016年3月7日

ちょっとばかり、オタク趣味で絵心があったので。
ちょっとばかり、その方のお話をよく聞いていたので。
きっかけは本当に些細なつもりでした。

お誕生日のプレゼントになればと、あるお父さんの人生を、紙芝居にして上演しました。

かみしばい

 

玄玄に来られる皆さんはそれぞれ個性がバラバラですし、
勿論認知症の深い方もおり、耳の遠い方もおり、目が見えにくい方もおり…、
正直実際にやってみるまでどんな反応が返ってくるかなんてわかりませんでした。
お父さん自身も飽きずに楽しんで聞いて下さるかどうか…とドキドキしながらの開演でした。

「おい、もうちょっと、ゆっくり!」

始まって早々、お父さんの声に顔を上げると、
目を潤ませながら、必死に話を聞いて下さっていました。
「やれんようなるよ…」と何度も溢しながら、時折「あんたよう知っとるの!わしを産んだんか!」と得意の冗談も混ぜながら。

情熱的に生きてこられ、定年後は絵本作家として活躍されたお父さん。
「ようできとる。絵はこれでええけん、文章を添削してあげよう。それで、本にしよう!」
と、上演後はとてもイキイキと作家スイッチが入り、お父さん印税がっぽりねイヒヒ、なんて茶目っ気のある笑顔も見せて下さりました。

紙芝居をお持ち帰り頂いた後日。

ご家族からのお便りで、「家宝にして、孫やひ孫に語り聞かせます」と書かれていて、ぶわあ〜っと目頭が熱くなりました。
ご家族皆さんにとって、お父さんの人生は、それだけ誇りだったんだなあ。

そして、家宝を作れる仕事なんて、他にあるだろうかと。
なんだろうか。喜んでもらうつもりが、結果自分が嬉しくなっている…心の豊かさのループ!

しんどいときやら悲しいときやら赤子の自立に連れて手がかかるやらなんやらあるけれど、こういう気持ちをエネルギーに進んでいけると思ったわたしでした。

 

誰にだって、声を大にして語りたい歴史がある、人生の美しさがある。

2016年2月22日

それを、実感した、一枚のお好み焼き。

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つい先日、昔お好み焼き屋さんを営まれていたお母さんのお誕生日会でした。
昔からすごく聡明で努力家なお母さん。
その努力の数だけ苦労をされていて、強かさと弱さの間でゆらぎながら、思い通りに動かない身体と痛みと付き合っているように見えました。

「お母さんの味のお好み焼きを作ろう」という主旨のもと、「今日はこのおばちゃんがお母さんの手よ!」とおばちゃん職員をあてがい、お母さんの強かで達者なお口でやいやい指示を出してもらいました。

「生地には山芋いれて…ここに油しいて…もっと広げんさい、もっと。ああ。もう。こうやって。」

名称未設定

指示通りに動けなさ過ぎて、お母さんが!自ら!数十年ぶりに!ヘラを持ちました!!!

麻痺で、食事をするのも辛いって最近は食が細かったお母さんが「お好みならなんぼでも入るね!」と笑った顔が、見たこと無いくらい柔らかかったのです。
病や、痛みや、我慢や、葛藤や、克己心や、あれや、これや、いつも必死に色んな物と戦っているお母さんが、ちょっと開放されたときだったのかなあと思ったり。

みなさんとわたしたちが玄玄で「介護」を介して出会うわけで、色んなしがらみを抱えている方も少なからずです。
老いや障害。ネガティブで悲観的に捉える方も多いかもしれないけれど、その方が今のままでも十分輝けること、その方が歩んできた人生がとても美しいこと、それを感じさせてくれる時間を一緒に作っていくのが、わたしたちの「専門性」で仕事なのかなあと思います。

凄惨で許せないニュースがお茶の間を賑わせ、「介護の仕事」の在り方が疑われている昨今…。
目の前のお母さんの素のままの笑顔に、わたしたちも勇気付けられ、救われました。